プラス思考(思考術)とプラス・ストローク(言動論)の違い

ゼロ・ストローク

プラス思考は思考術でプラス・ストロークは言動論

ゼロストローク
プラスのストロークとプラス思考は、関連すれども非なるもの。ストロークは、

「言う」「書く」「動く」の三つの言動

です。一方のプラス思考は、肯定的に考えようという思考術。
プラス思考は、日本だけの呼び方で、世界共通なのはポジティブ・シンキング(Positive Thinking)。
積極思考や楽観思考、陽転思考ともいわれます。確かに、肯定的に考えることは大切です。ところが…

非言語コミュニケーションのゼロ・ストローク

たとえば、お腹や歯が痛くて七転八倒しているとき、あなたはプラス思考できますか?
筆者にはムリ。ただただ
「痛いよぉ、痛いよぉ」
と、もがき苦しむだけ。弱虫と言われようが、軟弱と言われようが、痛いものは痛いんだもん。仕方ありません。
そんな過酷な状態にあるとき、
「プラス思考で考えよう!」
なんて言われようなものなら
「考えられるかぁ!」
と反発しますし、
「元気を出せ」
と言われたって
「出せるかぁ!」
と思いませんか?
「こっちの身になって考えてみぃ」と。
人間、それほど強い生き物じゃありません。一部のスーパースターを除き、か弱き者が人間。
病に苦しむ人は、そうして宗教へ行き着くわけです。宗教には神がいますから、
「神さま!助けて」
と念じれば、助けてくれるような気がして、少しは穏やかになれる。
「いわしの頭も信心から」とか「病は気から」とはよく言ったもので、祈って気が楽になると、痛みが弱まるように感じる。効くと信じれば効く、プラシーボ(偽薬)効果です。
私のような無神論者は、
「神さま!助けて」
と神にすがらず、
「お医者さん、助けて」
と病院へ行く。どちらにしても他力本願に違いありません。
他力本願ということは、「痛い」と言うことによって、誰かへ助けを求めるということ。
本能が「自力じゃ治せませんな」と判断し、第三者へSOSを送るサインです。これは、身体的な痛みへの対応。
もう一つ、痛いと言ってストレスを発散する目的もあります。
個人差はあるかも知れませんが、わざと
「痛い、痛い」
と言って、痛みに対するストレスを発散することで、楽になることがあります。
これは、精神的な痛みへの対応。
おまじないにもありますよね?「痛いの痛いの飛んで行け~」
つまり、プラス思考だろうと、積極思考だろうと、

理屈や理性で、苦痛や感情を制御しにくい

ことは確か。
できる人がいるとしたら?
そんな超人が歴史に名を残すんでしょうね。
しかし、泡沫のように消えていった名も無い人類が、どれだけ多いことか想像もつきません、沢山いますよね?
これは、競技の練習も同じ。つらい鍛錬はつらいし、苦しい稽古は苦しい。
雪の上を裸足で走るのは、正直いって、死ぬほど冷たいし、カンカン照りの真夏に、全力疾走を繰り返すのは、お世辞にも、楽しいとはいえません。
「オリンピック選手になるわけでもないのに、何やってんだろ」
と自己懐疑や自己否定したくなる時さえあったって不思議じゃありません。
ただし、病気と違って、訓練は精神をも鍛える目的がありますので、「つらい」とか「苦しい」と弱音を吐いちゃダメなんですなあ。
とはいえ、猛練習中は、とてもプラスに考えられる状況じゃありません。やったことのある人なら分ると思います。
正直、苦しい。
どのみち苦しいのなら、苦しいと言わなければいい。
そんな方法だって、ありますよね?

何も言わない

それがゼロ・ストローク(Zero-Stroke)です。

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